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東京高等裁判所 平成8年(ネ)1600号 判決 2000年5月11日

控訴人(被告) Y

右訴訟代理人弁護士 湯山孝弘

同 樋口収

右訴訟復代理人弁護士 伊澤毅

同 松本裕之

被控訴人(原告) 株式会社ヒルズ(旧商号 株式会社イワキ)

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 仁平信哉

同 田中隆三

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

控訴棄却

第二事案の概要

一  本件は、競売によって原判決別紙物件目録一記載の七筆の土地(本件土地)を買い受けた被控訴人が、控訴人は本件土地上に原判決別紙物件目録二記載の建物を所有して本件土地を占有していると主張して、本件土地の所有権に基づき、控訴人に対し、右建物の収去と本件土地の明渡しを求めた事案である。

原判決は、被控訴人の請求を認容したので、これに対して控訴人が不服を申し立てたものである。なお、被控訴人は、当審において、収去を求める建物を原判決別紙物件目録二記載の建物のうち別紙図面の赤斜線部分と訂正した。

二  右のほかの事案の概要は、次のとおり付加するほか、原判決の該当欄記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の当審における主張)

1 借地権の対抗力の不消滅

(一) 原判決は、本件根抵当権設定登記が経由された当時、控訴人は本件土地上に控訴人名義で保存登記された建物を所有していたから、控訴人は、その借地権を本件根抵当権者に対抗することができたとした。この点の法解釈は正当である。しかし、原判決は、右建物の保存登記による対抗力は、右建物の滅失後競売により本件土地を取得した買受人である被控訴人との関係では、建物の滅失により消滅すると判示した。この解釈は、借地権の対抗に関する法令の解釈を誤るものである。

根抵当権設定登記が経由される前からそれに対抗しうる借地権が存する限り、その根抵当権が把握しうる担保価値は、その借地権に制限された範囲の価値に限定されている。土地の上の建物が取り壊されたからといって、根抵当権者に対抗しえた借地権が対抗しえなくなることはなく、担保価値が借地権のない土地に拡大されるものではない。そして、根抵当権設定登記が経由される前からの用益関係は、根抵当権者に対抗しえたものである以上、土地上の建物が取り壊されても、競売手続の買受人にも対抗しうる。買受人が取得しうる権利は、根抵当権者が把握していた権利の内容に限定され、買受人が根抵当権者が把握していた以上の権利を取得することはありえない。

なお、借地借家法一〇条二項は、建物が滅失しても同条項が定める一定の方法を講じた場合には、建物滅失後新建物の登記までの間も借地権の対抗力が継続するとの効果を法が付与したものである。右は、建物滅失後新建物の登記までの間に当該土地に関し利害関係を有するに至った者との関係を定めるにすぎない。したがって、借地権者が、土地上の建物の建替えに際し、同条項の措置を講じなかったからといって、旧来の地主に対する関係で借地権を失うものではなく、担保権者に対する関係でも従前有していた借地権を対抗できなくなるものではない。右の趣旨からすれば、本件では、借地借家法一〇条二項の履践は問題とはならない。

(二) 控訴人は、本件根抵当権設定登記が経由された当時、本件土地のうち一部(の筆)にしか所有権保存登記を経由した建物を有していなかった。しかし、本件借地権の対抗力は本件土地全部に認められるべきである。

本件土地に被控訴人の根抵当権設定登記が経由された当時、本件土地及びその周囲の土地にはほとんど全部に建物が存し、それらは、一体として控訴人が経営するYグループの企業によって事務所、店舗等として営業の用に供されていた。それらは、一見して、密接に一体として利用されていることが明らかな状態にあった。

2 権利の濫用

控訴人が、借地権を本件土地の一部(の筆)についてしか被控訴人に対して対抗することができないとしても、本件では次の事実があり、被控訴人が本件土地全部の明渡しを求めることは権利の濫用に当たる。

(一) 本件土地及びその周囲の土地は、控訴人の生活の本拠であり、控訴人が経営するYグループの営業の拠点である。本件土地は、Yグループの各会社の事務所、店舗、展示場、駐車場等として社会通念上相互に密接に関連する一体として利用されてきたし、現に利用されている。

仮に、控訴人が本件土地を一部でも明け渡すことになれば、残部の土地及び本件土地の周囲の土地が分断されるうえ、道路に接しない土地となりかねない。また、建物を一部取り壊す必要も生じる。

これでは、控訴人は、営業の本拠を失い、壊滅的な打撃を被る。

(二) 被控訴人は、本件土地の利用について明確な計画を示してはいない。被控訴人が有するのは、不動産業者として、転売利益を得る目的だけである。

被控訴人が本件土地を取得するために支出したのは、本件土地の前所有者である光伸建設株式会社(光伸建設)が本件土地を買い受けるときに融資した七〇〇〇万円である。

本件競売手続における本件土地の最低売却価額は九〇七二万円であったが、被控訴人は、本件土地を二億八〇〇〇万円で買い受けた。しかし、差引納付によって、被控訴人が実際に支払ったのは、移転登記手続のための登録免許税等だけであった。

(三) 本件土地の周辺は農地が多く、他に転売されるとの予測は立たなかった。したがって、控訴人がすべての建物につき直ちに所有権保存登記を経由しなかったとしてもこれを手落ちというべきでない。

(四) 被控訴人は、控訴人が本件土地及びその周囲の土地を賃借し、控訴人又は控訴人が経営する会社がこれらの土地を利用している事実を熟知していた。

被控訴人は、昭和六三年八月に本件土地に根抵当権を設定している。当時すでに控訴人は本件土地を賃借し、本件土地上に建物を所有して控訴人又は控訴人が経営する会社がこれを使用していた。被控訴人は、根抵当権を設定するに当たり、このような本件土地の利用状況を当然確認したはずである。

また、被控訴人は、(六)のとおり、本件土地の前所有者である光伸建設と実質的には一体であり、控訴人の本件土地の利用状況のみならず、光伸建設との間の権利関係も熟知していた。

(五) 光伸建設は、控訴人に対し、昭和六三年に本件土地の明渡訴訟を提起し、第一審では光伸建設が勝訴し、第二審では控訴人が勝訴した。その第二審が係属していた平成二年一一月に、本件土地について、光伸建設から被控訴人に対し昭和六三年八月二五日付け売買を原因として所有権移転登記が経由された。これに気付いた控訴人がこの点を指摘すると、平成三年三月二二日受付をもって右所有権移転登記は錯誤を原因として抹消された。

その後、同年八月、被控訴人は競売を申し立て、自ら本件土地を買い受けた。

なお、本件競売手続の物件明細書では、控訴人の賃借権は「不動産に係わる権利の取得及び仮処分の執行で売却によりその効力を失わないもの」として記載されている。

(六) 本件土地の前所有者である光伸建設と被控訴人とは、実質的には一体である。

(五)のとおり、光伸建設と被控訴人との間においては、本件土地について被控訴人に対し所有権移転登記が経由されたり、それが錯誤を原因として容易に抹消されたりしている。

また、光伸建設は、平成三年五月ころ事実上倒産し、競売開始決定正本の送達も代表者等の所在不明のため不能となった。しかし、平成四年一二月まで本件土地の明渡訴訟は追行されていた。これは、光伸建設に代わり被控訴人が追行していたものにほかならない。

(七) 被控訴人は、買受当初は、控訴人の借地権を争うような言動を一切行っていなかった。それを、事前の交渉もないまま、突然平成七年四月に本訴を提起した。

(八) 被控訴人は、本件競売手続において、根抵当権者として二億数千万円を回収したことになる。これは、被控訴人が当初把握していた担保価値をはるかに上回るものである。これ以上、被控訴人が本件土地の明渡しを受けることによって利益を得るのは、二重の利得を認めることになる。

3 背信的悪意

2で挙げた各事実によれば、被控訴人は、背信的悪意者に当たる。したがって、被控訴人は、控訴人の登記のけんけつを主張することはできない。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所は、被控訴人の請求は理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。

1  事実の経過

<証拠省略>及び弁論の全趣旨によれば、本件の事実の経過として、次のとおり認めることができる。

(一) Bは、昭和五三年当時、横浜市<以下省略>三九三番(原判決別紙物件目録一の一記載の土地)、三九四番(同目録二記載の土地)、三九五番(同目録三記載の土地の分筆前の土地)、三九六番(同目録四記載の土地の分筆前の土地)、三九七番(同目録五記載の土地の分筆前の土地)、三九八番(同目録六記載の土地)、四一二番(同目録七記載の土地)の各土地を所有していた。

これらの土地に隣接して、Cが四〇〇番、Dが四〇一番、Eが三九九番及び四一三番の各土地を所有していた。

(二) 控訴人は、昭和五三年六月二二日、Bから、三九三番、三九四番、三九五番、三九六番、三九七番の各土地を普通建物所有目的で賃借し、その引渡しを受けた。

さらに、その後一年以内に、控訴人は、Bから三九八番、四一二番、Cから四〇〇番、Dから四〇一番、Eから三九九番及び四一三番の各土地を賃借した。

これらの土地は、当時、水田であり、控訴人は、埋立造成工事を行い、建物の建築が可能な土地とした。

(三) 控訴人は、(二)の賃借土地に、昭和五三年六月ころから昭和五六年一二月ころまでの間に、プレハブ建物数棟を建築し、控訴人が経営していた会社の事務所、店舗として使用した。また、賃借土地のうち建物が建築されていない中央部等は、住宅付帯設備商品の展示場所や駐車場として使用した。

控訴人は、昭和五九年一〇月には、ベランダ、物置等の住宅附属部品及び組立式建物附属設備の販売並びに組立工事の請負等を目的とするa建設株式会社を、昭和六二年三月には、不動産の売買、仲介、斡旋等を目的とするプランライブb有限会社をいずれも本件土地を本店所在地として設立した。このため、右設立のころからは、控訴人個人のほかこれらの会社が賃借土地及び土地の上の建物を使用するようになった。

控訴人は、昭和六一年八月、原判決別紙物件目録三記載の建物(旧建物)を三九四番、三九五番一の土地上に建築し、不動産仲介業を営むうえで必要があったため、旧建物について、横浜地方法務局戸塚出張所(戸塚出張所)昭和六二年三月二三日受付をもって控訴人名義の所有権保存登記を経由した。

なお、控訴人は、昭和五四年に建築した原判決別紙物件目録二の一記載の建物及び昭和五六年に建築した同目録三記載の建物についても、戸塚出張所昭和六三年九月三〇日受付をもって控訴人名義の所有権保存登記を経由した。

(四) 光伸建設は、昭和六三年八月二四日、Bから、三九三番、三九四番、三九五番から分筆された三九五番一(原判決別紙物件目録一の三記載の土地)、三九六から分筆された三九六番一(同目録四記載の土地)、三九七番から分筆された三九七番一(同目録五記載の土地)、三九八番、四一二番の七筆の土地(本件土地)を代金七〇〇〇万円で買い受け、戸塚出張所同月二五日受付第三七八八四号をもって所有権移転登記を経由した。

同時に、光伸建設は、被控訴人のために、本件土地に極度額五億円の根抵当権を設定し、戸塚出張所同日受付第三七八八五号をもって被控訴人を根抵当権者とする根抵当権設定登記を経由した。

(五) Bと控訴人との賃貸借契約書には「プレハブ建物展示場を経営する目的」「土地一時賃貸借契約書」「賃貸期間二年」の記載があった。そのことから、光伸建設は、右買受直後の昭和六三年九月、控訴人が建物を事務所として使用するのは契約目的違反であるとして、賃貸借契約を解除する意思表示をし、また、賃貸借契約は一時使用目的であるとして、賃貸借契約の解約を申し入れた。そして、これらの点を主張して、控訴人及び本件土地上の建物の使用する会社を被告として、控訴人に対しては建物収去土地明渡等の訴えを、会社に対しては建物退去土地明渡等の訴えを提起した(前件事件)。

前件事件は、第一審においては、平成二年五月二五日、光伸建設の請求をほぼ認容する判決が言い渡された。しかし、第二審においては、平成四年六月一六日、光伸建設と控訴人との間の本件土地の賃貸借契約は普通建物所有目的であるから契約目的違反を理由とする解除の主張は理由がない、賃貸借契約は一時使用目的とは認められないから解約の申入れも理由がないとして、原判決を取り消し、光伸建設の請求を棄却する判決が言い渡された。

これに対し、光伸建設は上告したが、平成四年一二月一五日、上告棄却の判決が言い渡され、前件事件は、光伸建設の敗訴が確定した。

(六) 前件事件が係属中の平成二年一一月一七日受付をもって、光伸建設から被控訴人に対し、本件土地について昭和六三年八月二五日売買を原因として所有権移転登記が経由された。訴訟においてこのことを控訴人が指摘したところ、右所有権移転登記は、平成三年三月二二日受付をもって錯誤を原因として抹消された。

その後、控訴人は、根抵当権に基づき、本件土地について競売を申し立て、同年八月二九日、競売開始決定がされた。

(七) 右競売開始決定(差押え)直後の平成三年九月の時点で、控訴人は、本件土地及び周囲の賃借土地上に小さいものでは七・一五平方メートル、大きいものでは一一九・二四平方メートルの一一戸の建物を所有しており、これらを、控訴人及び控訴人が経営する会社の事務所、倉庫等として使用していた。

しかし、これらのうちには老朽化したものも多かったため、平成四年一二月一五日の前件事件確定後、控訴人は、これらの建物の改築を計画した。そして、控訴人は、平成五年に旧建物を取り壊し、原判決別紙物件目録二の二記載の建物を建築した。控訴人は、平成六年七月七日、旧建物の滅失登記と新建物の表示登記を経由し、同月一二日受付第二四二九九号をもって新建物の所有権保存登記を経由した。

また、控訴人は、三九七番一、三九八番、四一三番の土地上にあった未登記の建物を取り壊し、原判決別紙物件目録二の四記載の建物を建築した。この建物についても、平成六年七月七日に表示登記を経由し、同月一二日受付第二四三〇〇号をもって所有権保存登記を経由した。

(八) 執行裁判所は、平成六年六月ころ、本件土地を期間入札に出したが、その物件明細書には、本件土地全部について、賃借人控訴人、期限昭和五三年七月一日から三〇年、借賃月額三二万円の賃借権があると記載した。また、本件土地の最低売却価額は、本件土地に賃借権があることを前提に更地価格の四割を評価額とした評価をもとに九〇七二万円と決定した。

被控訴人は、本件土地の買受けを申し出、平成六年七月二九日、被控訴人に対する売却許可決定がされた。被控訴人は、差引納付を許されたため、同年九月二九日、代金としては新たな納付はせず、所有権移転登記等の登録免許税として三八〇万九四〇〇円を納付し、本件土地の所有権を取得した。同月三〇日、被控訴人に対する所有権移転登記が経由された。

(九) 被控訴人は、平成七年一月二〇日付けで、控訴人に対し、控訴人が賃借人であることを前提に、土地の境界に塀を設置するので協力してほしいとの内容証明郵便を送った。しかし、控訴人は、本件土地と周囲の賃借土地とを一体として使用していたため、被控訴人の要請に対し協力的態度をとらなかった。

これに対し、被控訴人は、本件土地明渡しについて何の交渉も行わないまま、同年四月二五日、本件訴えを提起した。

(一〇) 控訴人は、平成七年三月、四〇〇番の土地を買い受けた。

控訴人は、現在も、本件土地及びその周囲の三九九番、四〇〇番、四〇一番、四一三番の各土地に原判決別紙物件目録二の二記載の建物、四記載の建物等を所有し、控訴人及び控訴人が経営するa建設株式会社等の会社の事務所、展示場、倉庫としてこれらの建物を使用している。

2  借地権の対抗について

(一) 控訴人は、本件土地のうち三九四番、三九五番一の各土地については、被控訴人が根抵当権設定登記(これは順位一番の担保権である。)を取得した昭和六三年八月二五日当時、その土地上の旧建物に所有権保存登記を経由し、自己の有する借地権についての対抗要件を備えていた。そして、被控訴人への競売による所有権移転登記時である平成六年九月二九日、三〇日当時には、旧建物が取り壊され、新建物が建築されてその所有権保存登記がされていた。しかし、このような旧建物の滅失にかかわりなく、控訴人は、三九四番、三九五番一の各土地につき、買受人である被控訴人に対し右の借地権を対抗することができるものと解すべきである。

その理由は、以下のとおりである。

(1) 不動産競売における対抗問題の生じる時期について

民事執行法は、不動産を目的とする担保権の実行としての競売(不動産競売)において、不動産の上に存する抵当権が売却により消滅することを規定し、消滅する権利を有する者に対抗することができない不動産に係る権利の取得は、売却によりその効力を失うと規定している(一八八条で準用する五九条一項、二項)。したがって、抵当権者に対抗することができない不動産に係る権利の取得、たとえば賃借権の取得は売却によりその効力を失う。しかし、その反対解釈として、抵当権者に対抗することができる賃借権の取得であれば、売却によっても効力を失わない。

本件のように、土地の競売において、借地人がいる場合には、借地権が抵当権者に対抗することができるものであれば、売却により効力を失わず、借地権が抵当権者に対抗することができないものであれば、売却により効力を失う。前者であれば、買受人は借地権の負担のある土地を取得することになり、後者であれば、買受人は借地権の負担のない土地を取得することになる。

右のとおり、民事執行法は、土地の買受人が借地権を引き受けるかどうかを、その借地権が抵当権者に対抗することができるものであるかどうかによって決定している。すなわち、不動産競売では、対抗問題は、抵当権の設定時に生じ、買受人が不動産を競落するときに生じるのではない。

民事執行法がこのような立場を採ったのは、競売手続によって買受人に移転される権利は、抵当権者が把握していた権利にほかならないから、抵当権者が把握していた価値を超えることはないためである。

したがって、抵当権者に対抗することができる借地権が買受人との関係で消滅したり、抵当権者に対抗することができない借地権が買受人との関係で存続することはありえない。

競売による所有権の取得も、物権変動の一つである。しかし、そうであるからといって、買受人と借地人との登記の先後によって、借地権が買受人に対抗することができたり、できなかったりするものではない。抵当権設定登記が経由された後であっても買受人への所有権移転登記が経由される前に対抗要件を備えれば借地権を対抗できるというのでは、買受人に負担が増え、その分、抵当権者が把握していた価値が売却によって実現されないことになる。不動産競売における買受人の所有権の取得は、抵当権者の有する換価権の実現にすぎず、新たな物権変動ではない。そのために、競売の時点での対抗問題は生じないのであって、競売による所有権取得の場合には、借地権を買受人が引き受けるかどうかは、抵当権者に対抗できるかどうかで定まるのであり、そのことを民事執行法五九条二項が確認しているのである。

(2) 借地上の建物の滅失と借地権の対抗力について

そこで、借地人が借地権を抵当権者に対抗することができる要件を検討する。この要件は、抵当権設定登記が経由されるより前に借地権の対抗要件を備えること、すなわち、借地権の登記を経由するか、土地上の建物に所有権に関する登記を経由することに尽きる。

抵当権設定登記が経由された時点において、土地上の建物に所有権保存登記を経由していれば、借地人は借地権を抵当権者に対抗することができる。このようにして対抗力を取得した借地権は、その抵当権者との間では、その対抗力を維持するため、建物自体を維持したり、所有権保存登記を継続していなければならないわけではない。けだし、抵当権者が抵当権を取得するに当たって、目的物に借地権が存在することを認識させることに、対抗要件の意義があり、いったん、抵当権者が対抗要件の存在によりその認識を得、これをもとに抵当物件の担保価値を把握した以上、その後に、建物が滅失したり対抗要件である登記が消滅しても、すでにされた抵当権者の担保価値の把握の内容に変化は生じないからである。

(3) 借地借家法一〇条二項の意義

なお、借地借家法一〇条二項は、借地人が借地上に登記のある建物を有していても、その建物を取り壊し、新建物を建築する前に、当該土地が第三者に売却され所有権が移転したときは、借地人は、第三者への売却時に地上建物が存在しないために、土地の新所有者に対し借地権を対抗することができないという不都合を救済するために設けられたものである。

本件は、地上建物が存在しない時点で根抵当権が設定されたという事案ではないから、借地借家法一〇条二項の適用が問題となる場合ではない。

(二) 控訴人は、土地利用の一体性から、三九四番、三九五番一の土地上の建物に登記がされていたことによる対抗力が、本件土地全体に及ぶと主張する。

しかし、建物保護法一条は、建物の登記をもって土地賃借権の登記に代用させようとするものであるから、当該土地に登記のある建物が存在することが必要である。

控訴人の右主張は採用することができない。したがって、控訴人は、登記された建物が存する三九四番、三九五番一の土地についてのみ、被控訴人に対し、その借地権を対抗することができる。

3  権利の濫用の成否について

本件においては、1で認定した各事実が認められる。右事実の下では、被控訴人が控訴人に対し三九四番、三九五番一の土地以外の土地につき建物収去土地明渡しを求めることは、権利の濫用に当たり許されないものというべきである。

すなわち、本件土地はその周囲の土地を含め、昭和五三年以来、事務所、倉庫の敷地及び住宅附属設備の展示場として一体のものとして利用されてきている。被控訴人は、本件土地の根抵当権者としてそのことを知っていた。また、被控訴人だけでなく、競売に参加しようとする者には、本件土地を見ればこれが一体として利用されていることは明確にわかるうえ、物件明細書では、本件土地全部について控訴人の賃借権があるとの記載がされていた。さらに、本件土地の前所有者である光伸建設は、本件土地を控訴人の賃借権があるものとして底地価格で買い受けながら、契約書の文言をとらえて買受後直ちに控訴人に対し建物収去土地明渡訴訟を提起した。被控訴人は、光伸建設に買受資金を融資したが、光伸建設の事業が危うくなったため、本件土地につき所有権移転登記を経由し、明渡訴訟に不利となることから、錯誤を原因として所有権移転登記を抹消した。次に競売を申し立て、自ら買受申出をした。そして、いったんは控訴人を賃借人と認める書簡を送りながら、明渡訴訟を提起した。

このような事情を総合すれば、被控訴人の明渡請求は、権利の濫用といわざるをえない。

二  したがって、被控訴人の請求を認容した原判決は失当であって、これを取り消し、被控訴人の請求を棄却すべきである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 淺生重機 裁判官 江口とし子 裁判官菊池洋一は、転補のため、署名押印することができない。裁判長裁判官 淺生重機)

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